和食という発酵

水脈 ― 河口(かこう)

第三章 精進料理 — 肉を断ち、旨味を菌に求める

Washoku, the Fermented Cuisine — Chapter Three: Shōjin Cuisine — Forgoing Flesh, Seeking Umami in the Microbe


はじめに — 引き算の、その先

前章で、寺納豆が、肉や魚を断つ禅寺の貴重なたんぱく源であったことを見た。本章では、その食卓そのものへ入っていく。精進料理である。

序章で、和食を「引き算の料理」と呼んだ。精進料理は、その引き算の、最も徹底した姿だといえる。肉も、魚も、卵も使わない。だが、引き算には、ひとつの宿命がある。引いたぶんを、何かで埋めなければ、料理は痩せてしまう。動物の旨味を引いた食卓は、では、何でその深さを埋めたのか。植物と、時間と、菌である。


一 殺さない、という戒め

「精進」とは、もともと、雑念を去って仏道に励むことを指す仏教の言葉である。1 その食において核となるのは、不殺生——生きものを殺さないという戒めだ。この戒めゆえに、肉・魚・卵といった動物性の食材は、食卓から退けられる。1

退けられたのは、それだけではない。葱、大蒜、韮といった、匂いの強い野菜——五葷(ごくん)もまた、心を乱し煩悩を刺激するものとして禁じられた。1 こうして残されるのは、野菜、穀物、豆、海藻、きのこ。きわめて限られた素材だけである。精進料理とは、この厳しい引き算の制約のなかで、いかに豊かな味をつくり出すか、という試みにほかならない。


二 道元と、修行としての料理

この厳しい料理を、ひとつの完成された体系にまで高めたのが、鎌倉時代の禅宗であった。曹洞宗を開いた道元は、南宋に渡って禅を学び、その食のあり方を日本に持ち帰った。2

道元にとって、料理は修行そのものであった。彼は、料理人の心得を記した『典座教訓』(てんぞきょうくん・一二三七年)と、食事の作法を説いた『赴粥飯法』(ふしゅくはんぽう・一二四六年)を著している。2 大本山・永平寺において、調理場をあずかる典座(てんぞ)は、寺の重職のひとつとされた。作ることも、食べることも、坐禅と同じ修行である——この思想が、精進料理の根にある。

そして『典座教訓』には、調理の具体的な定式も示されていた。甘・辛・酸・苦・鹹(塩辛さ)の五味。生・煮・焼・揚・蒸の五法。赤・青・黄・白・黒の五色。3 この五味・五法・五色を組み合わせるという定式は、やがて精進の枠を超えて、日本料理そのものの骨格となっていく。和食が「舌で味わうと同時に、目で味わう」料理であることの、ひとつの起源が、ここにある。


三 動物を使わない出汁 — 昆布と椎茸の相乗

引き算の制約が、最も鮮やかな工夫を生んだのは、出汁においてである。

和食のだしを支える鰹節は、魚からつくられる。殺生を避ける精進料理では、これを使うことができない。4 そこで編み出されたのが、植物だけでとる精進出汁であった。昆布、干し椎茸、大豆、干瓢——こうした植物性の素材から、だしを引く。

ここに、ひとつの発見があった。昆布からは、ひとつのうま味成分が出る。干し椎茸からは、また別のうま味成分が出る。そして、この二つを合わせると、それぞれ単独のときよりも、はるかに深いうま味が生まれる。4 動物の力を借りずとも、植物と植物を掛け合わせることで、満ちた味をつくることができる——精進の厨房は、それを経験として知っていた。

なぜ二つを合わせると深くなるのか。その秘密が「うま味」という言葉で捉えられるのは、ずっと後、二十世紀のことである。その物語は、第五章であらためてたどる。ここで確かめておきたいのは、ただ一点。肉を断った食卓が、その深さを、植物と、乾物——すなわち時間を経たものに求めた、ということである。


四 大豆という肉、発酵という味

植物のなかでも、肉の代わりをいちばん大きく担ったのは、大豆であった。

肉を断てば、たんぱく質が足りなくなる。それを補ったのが、大豆とその加工品である。豆腐、湯葉、麩、そして前章で見た納豆。実際、精進料理は、豆腐や納豆、饅頭、茶といった食品の製法を、禅とともに中国から持ち帰ってもいる。5 大豆は、肉を食べない人々にとって、まさに畑の肉であった。

そして、味の中心を担ったのが、発酵調味料である。味噌と醤油。第一章でたどった、あの醤の末裔たちだ。肉の脂やだしが使えないぶん、味噌や醤油の濃いうま味が、料理に芯を通した。5 古くからあった味噌・醤油という発酵調味料は、この肉なき食卓において、いっそう欠かせない味の柱となっていった。

肉を断ち、その失われた旨味を、植物と、大豆と、発酵に求める。菌が、肉の代わりをつとめる。精進料理とは、その壮大な置き換えの体系だったのである。


結び — 寺から、食卓へ

精進料理は、やがて寺の外へ出ていく。十六世紀には、千利休が、この精進の料理に着想を得て、茶の湯の懐石料理を生み出した。6 五味・五法・五色の定式、植物からとるうま味、発酵調味料を芯に据える味づくり——精進料理が磨いたこれらの工夫は、和食全体の骨格となって、今日まで流れ込んでいる。

ここで、水脈はひとつにつながる。第一の白書『源』でたどった禅、そして茶の湯。それらと、この肉なき食卓とは、地続きであった。殺さないという心の戒めが、出汁の取り方を変え、皿の上のかたちを決めていた。心の話は、いつのまにか、食卓の話になっていたのである。

ただし、和食には、殺生を避けるのとは反対に、魚を積極的に発酵させて生まれた食もある。次章では、その意外な道——鮨の起源へと向かう。


文献・出典


※ 本稿は和食をめぐる白書の第三章である。記載した事実は出典に基づく。なお、味噌・醤油そのものは精進料理以前にさかのぼる古い発酵調味料であり(第一章参照)、本章は「精進料理がそれらを発明した」という意味ではなく、肉なき食卓においてそれらが味の中心を担うようになった、という趣旨で述べている。うま味成分の相乗とその科学的解明については第五章で詳述する。本章は精進料理を文化・歴史の側面から扱い、健康上の効能には立ち入らない。

Footnotes

  1. 「日本の伝統食『精進料理』について」dressing(ぐるなび)(「精進」が美食を戒め精神修養をする仏教用語であり、動物性食品を使わず植物性の食品のみで調理すること、殺生や煩悩への刺激を避けることを目的とし、葱・大蒜・韮などの刺激の強い植物が「五辛・五葷」として制限されることに関する記述)https://www.gnavi.co.jp/dressing/article/21978/ /「精進料理」Wikipedia(不殺生戒に基づく菜食と、臭いの強い植物を避ける禁葷食に関する記述). https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E9%80%B2%E6%96%99%E7%90%86 2 3

  2. 「精進料理 〜食文化に影響を与える禅の精神〜」食いしん坊侍(曹洞宗の開祖・道元が中国留学後に調理の心得『典座教訓』と食事の心得『赴粥飯法』をまとめ、料理・食事を修行として重んじたこと、永平寺の調理場の責任者「典座」が重要な役職であることに関する記述)https://www.kuisinbosamurai.com/bimikiko/history/shojinryori.html /「精進料理」Wikipedia(道元が南宋から禅とともに精進料理を持ち帰り、『典座教訓』〔一二三七年〕『赴粥飯法』〔一二四六年〕を著したことに関する記述). https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E9%80%B2%E6%96%99%E7%90%86 2

  3. 「知られざる『精進料理』の世界」ヒトサラマガジン(道元の『典座教訓』に五法〔生・煮・焼・揚・蒸〕、五色〔青・黄・赤・白・黒〕、五味〔鹹・苦・酸・辛・甘〕を組み合わせることなどが細かく定められており、これが日本料理に大きな影響を与えたことに関する記述)https://magazine.hitosara.com/article/668/ /「精進料理の話」奥井海生堂(精進料理で五味・五法・五色の組合せが重視され、日本料理がこの定式にしたがって作られてきたことに関する記述). https://www.konbu.jp/culture/japanese_culture/shoujin-ryouri.shtml

  4. 「精進料理|歴史、由来、器、料理、思想を知る」瑞亭(動物性食材を使わない精進料理では鰹節が使えず、大豆・干瓢・昆布・干し椎茸などからとる精進出汁が用いられること、干し椎茸のうま味成分グアニル酸と昆布のうま味成分グルタミン酸の相乗効果により、動物性食品を使わない複合的なだしを作ることができることに関する記述). https://tamaplaza-washoku-zuitei.com/blog/2020/04/27/433/ 2

  5. 「精進料理」Wikipedia(精進料理が豆腐・納豆・饅頭・茶などの製法を中国からもたらし、小麦粉や大豆粉に植物油や味噌などインパクトの強い調味料を組み合わせたことに関する記述)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E9%80%B2%E6%96%99%E7%90%86 /「精進料理について解説」sharedine(味噌や醤油など和食で定番の調味料が精進料理とともに発達したといわれることに関する記述). https://sharedine.me/media/know-how/diligence 2

  6. 「精進料理 〜食文化に影響を与える禅の精神〜」食いしん坊侍(十六世紀に千利休が精進料理に着想を得て、茶の湯の席で出される懐石料理を生み出したとされることに関する記述)https://www.kuisinbosamurai.com/bimikiko/history/shojinryori.html /「知られざる『精進料理』の世界」ヒトサラマガジン(千利休が精進料理に想を得て懐石料理を考案したことに関する記述). https://magazine.hitosara.com/article/668/