Hosomichi.

un voyage japonais : fermentation, culture, tradition, histoire, beauté

旅は、栖となる。

古い壁のあひだの細い路地

月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。

― 松尾芭蕉『奥の細道』

月日は永遠に旅を続ける旅人であり、過ぎてゆく年もまた旅人だ。

船頭として船の上に生涯を送り、馬子として馬を引いて老いていく者は、毎日が旅であり、旅そのものを住まいとしている。旅の途中で亡くなった昔の風流人も多い。

人もまた、返らぬ時の中をゆく者なり。 来し方の連なりを負ひ、行く末へとおのが身を投じて、止まることを知らず。 されば人の世は旅にして、旅をこそ栖とす。

私たちもまた、二度と戻らない時の中を進んでいる。

過ぎた日々を背負い、まだ見ぬ先へと自分を投げ出して、止まることがない。

だとすれば、人生とは旅であり、旅こそが住まいなのだ。

止まるかに見えて進み、進むかに見えて止まる。 一寸先は、光か、闇か。誰も知らず、ただわが前にひらけゆくのみ。

止まっているようで進み、進んでいるようで止まっている。

一歩先が光か闇か、誰にもわからない。ただ、自分の前に道がひらけていくだけだ。

常なるものは無し、これを無常(mujō)といふ。 されど、常住(jōjū)なるものまた在り。 有と無のあはひを、影のごとく行きつ戻りつ。

変わらず在りつづけるものは、何もない——これを無常という。

それでも、移ろいながら在りつづけるものもある——これを常住という。

有と無のあいだを、影のように行き来している。

答へは無し。ただ選びのみ在り。

答えはない。あるのは、選ぶことだけ。

人の世は、奥の細道なり。

人生とは、一歩先も見えない細い道を、それでも歩いていくことなのだ。

Hosomichi.