和食という発酵

水脈 ― 河口(かこう)

第二章 納豆 — 麹ではない、もう一つの発酵

Washoku, the Fermented Cuisine — Chapter Two: Nattō, the Other Fermentation, Not Kōji


はじめに — 系統の外へ

前章まで、私たちは麹(こうじ)——すなわちカビの系譜をたどってきた。醤に始まり、味噌、醤油へと至る、塩と麹の穏やかな流れである。日本は、しばしば「麹の文明」と呼ばれる。

だが、和食の発酵は、それだけではない。ここで一度、麹の系譜の外に出てみたい。糸を引く、あの食べもの——納豆である。納豆をつくるのは、麹ではない。まったく別の菌、細菌の仕事なのである。


一 枯草菌という、もう一つの菌

糸引き納豆を生むのは、納豆菌と呼ばれる菌だ。これは、枯草菌(こそうきん)という細菌の一種である。1 麹菌がカビの仲間であるのに対し、枯草菌は細菌——生きものとしての種類からして、別の系統に属している。

枯草菌は、空気のなか、枯れ草、そして稲わらなど、身近なところに広く棲んでいる。暖かく湿った場所を好むため、保温・保湿に優れた稲わらは、この菌にとって格好の棲み家となる。1 蒸した大豆を、熱いうちに稲わらの苞(つと)に包んでおくと、わらに棲む菌が大豆に移り、糸を引く納豆ができあがる。

この出会いが、いつ始まったのかは、いまも定かではない。稲作が根づいた弥生のころ、稲わらを敷いた住居のなかで、煮豆が偶然この菌と出会ったのではないか——そうした説がある。1 あるいは、平安の武将・源義家の奥州遠征にまつわる逸話も語られる。いずれも確かな証ではなく、伝承の域を出ない。確かなのは、麹とは別のこの菌が、この国の食卓に、もう一つの発酵をもたらしたということである。2


二 二つの納豆 — 糸引きと、塩辛

ここで、意外な事実にふれておきたい。「納豆」と呼ばれるものには、じつは二つの種類がある。3

ひとつは、いま私たちが思い浮かべる、糸を引く納豆。枯草菌による、細菌の発酵である。もうひとつは、塩辛納豆、あるいは寺納豆と呼ばれるもの。こちらは、納豆菌ではなく、麹菌で発酵させる。4 糸を引かず、黒く、ぼそぼそとした粒で、味も製法も、味噌や醤油に近い。中国の豆豉(とうち)や、愛知の八丁味噌に似た味わいだといわれる。4

つまり、「納豆」という一つの名のうちに、細菌の系統と、麹の系統の、両方が同居しているのである。和食の二つの水系が、この一語のなかで、静かに隣り合っている。


三 禅とともに来た豆 — 寺納豆

この塩辛納豆——寺納豆は、どこから来たのか。鎌倉時代、中国から、禅僧を通じて伝わったとされる。4 肉や魚を断つ禅寺において、それは貴重なたんぱく源であり、保存のきく食でもあった。京都・大徳寺に伝わる大徳寺納豆は、中国に渡った僧が持ち帰った製法を、一休宗純が伝えたものと語り継がれている。5

文献のうえで「納豆」の名が初めて現れるのも、この塩辛納豆のほうである。平安中期の『新猿楽記』に、「精進物(しょうじんもの)」のひとつとして「塩辛納豆」と記されているのが、その初見とされる。3 納豆の名そのものが、禅寺の納所(なっしょ・寺院の台所や倉庫)で作られたことに由来する、という説さえある。3

ここで、流れは静かに合流する。麹ではない細菌の系統をたどってきたはずの納豆が、寺納豆という姿においては、禅とともに、麹の岸へと触れる。次章で訪ねる精進料理、そして第一の白書『源』でたどった禅へ——この豆は、もう一本の細い糸を、たしかに通している。


四 同じ部屋の、せめぎあい

寺納豆づくりには、ひとつの困難がある。麹で大豆を発酵させる、その豆麹を真夏に仕込むとき、職人は、枯草菌(つまり納豆菌)に汚染される危険と、たえず隣り合わせになる。6 麹で納豆を作ろうとする者は、もう一方の納豆菌を、注意深く退けねばならない。和食の二つの水系——麹と細菌は、同じ豆を前に、同じ部屋のなかで、静かにせめぎあっているのである。

そして、寺にもまた、棲みついた菌がいる。寺付きの菌、と呼ばれるものだ。6 それは、第二の白書『淵』で見た、蔵に棲む「蔵付き」の菌と、同じことである。長くそこに住み着いた菌が、その場所ならではの味をつくる。建築のテロワールは、蔵だけのものではなかった。

やがて室町に入ると、糸を引くほうの納豆が広く知られ、日々の食となっていく。「納豆」という言葉も、まず糸引き納豆を指すように変わっていった。3 一方、調味料として使われた塩辛納豆は、しだいに味噌に場所を譲っていく。十五世紀の物語には、納豆を擬人化した武士「納豆太郎糸重(なっとうたろう・いとしげ)」なる人物まで登場する。3 糸を引くこの豆は、戦国の世には、武将の腰の兵糧ともなった。3


結び — もう一つの水系

納豆は、麹という大河から外れた、もう一本の流れである。細菌の水系。けれどその細い流れは、孤立してはいなかった。寺納豆という姿で禅とともに麹の岸に触れ、糸引き納豆という姿で武士の腰に下げられ、いつしか日本の食卓のいちばん身近なところに棲みついた。

二つの水系——麹と細菌は、別々に流れながら、和食という一つの大きな川をかたちづくっている。次章では、この豆を貴重なたんぱく源とした、あの食卓そのもの——肉を断った精進料理へと、分け入っていく。


文献・出典


※ 本稿は和食をめぐる白書の第二章である。記載した事実は出典に基づく。納豆の起源(弥生の偶然説、源義家にまつわる説など)はいずれも諸説・伝承であり、確定した史実ではない旨を本文に明記した。一休宗純が大徳寺納豆の製法を広めたとされる点も、寺に伝わる言い伝えに基づく。本章は納豆を文化・歴史の側面から扱い、健康上の効能には立ち入らない。

Footnotes

  1. 「納豆まめ知識」ミツカン(納豆に欠かせない納豆菌が枯草菌の一種で、空気中・枯れ草・稲わらなど身近に広く存在し、暖かく湿った稲わらが格好の棲み家となること、稲作の広がった弥生時代の住居が納豆菌のすみかとなりえたこと、日本人がいつから納豆を食べ始めたかは歴史の謎であることに関する記述). https://www.mizkan.co.jp/natto-information/mame/ 2 3

  2. 「第42回 納豆の起源と発酵食品」新潟食料農業大学 学長コラム(穀物・豆類に麹菌や酵母が働いて醤油・味噌・日本酒・酢が生まれる一方、稲わらなどに生息する枯草菌〔納豆菌〕の発酵作用で納豆が作られること、納豆が古文書に登場するのは平安時代中期であることに関する記述). https://nafu.ac.jp/magazine/column/entry-5918.html

  3. 「納豆」Wikipedia(納豆に納豆菌で発酵させた糸引き納豆と麹菌で発酵させた塩辛納豆〔寺納豆〕の二種があること、塩辛納豆が製法・風味とも黒味噌や醤に近いこと、平安中期『新猿楽記』の「精進物、塩辛納豆」が初見とされること、納豆の名が禅寺の納所に由来するとの説があること、室町期に糸引き納豆が日常食となり「納豆」の語がまず糸引きを指すようになったこと、十五世紀『精進魚類物語』に擬人化された武士「納豆太郎糸重」が登場すること、戦国期に武将のたんぱく源となったことに関する記述). https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8D%E8%B1%86 2 3 4 5 6

  4. 「寺納豆(てらなっとう)」農林水産省 にっぽん伝統食図鑑(寺納豆が蒸し煮した大豆にはったい粉と麹菌をまぶし塩水で熟成・乾燥させたもので、納豆菌でなく麹菌で発酵させる点で味噌や醤油に似ること、糸を引かない黒い粒で中国の豆豉や愛知の八丁味噌に似た味わいであること、鎌倉時代に中国から禅僧を通じて伝わり、肉や魚をとらない禅寺で貴重なたんぱく源・保存食として重宝され、一休宗純が製法を広めたとされることに関する記述). https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/menu/tera_natto.html 2 3

  5. 「大徳寺納豆」Wikipedia(大徳寺納豆が納豆菌でなく麹菌で発酵させた塩味の強い寺納豆であり、中国に渡航した僧が持ち帰った製法を一休宗純が大徳寺に伝えたとされること、唐納豆とも呼ばれ中国原産の豆豉を原型とすることに関する記述). https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%BE%B3%E5%AF%BA%E7%B4%8D%E8%B1%86

  6. 「大徳寺納豆作りと麹菌」内田華子(寺納豆の豆麹を真夏に作ることは枯草菌に汚染されるリスクが高く難しいこと、寺納豆が寺の納所で作られ、長くそこに住み着いた「寺付き」の菌によって作られてきたことに関する記述). https://note.com/hanako_uchida85/n/n86f4687de60e 2