碧南醸造文化誌

第二章

みりんという発明 — 甘い酒から調味料へ

Hosomichi Chronicle of Hekinan — Chapter Two


はじめに — 一つの液体が辿った長い旅

前章で、碧南の発酵が「海の道」に乗って江戸へ運ばれたことを見た。その船が運んだ最も象徴的な産が、みりんである。

今日、みりんは台所の調味料として知られる。しかしその出自を辿ると、意外な事実に行き当たる。みりんはもともと、飲むための甘い酒だった。一つの液体が、数百年をかけて「酒」から「調味料」へと姿を変えていく——その長い旅路こそ、みりんという発明の本質である。本章では、文献に残る最古の記録から、製法の科学、そして飲用から調味料への転換までを辿りたい。


一 最古の記録 — 戦国の茶席に現れた「密林酒」

みりんが文献に現れる最初は、戦国時代から安土桃山時代にかけてである1

一五八六〜九二年(天正一四〜二〇年)にまとめられた茶会の記録『宗湛日記(そうたんにっき)』には、戦国大名・黒田如水から博多の豪商・神谷宗湛にあてた手紙が記録され、そこに「密林酒(みりんしゅ)」の語が見える1。また一五九三年(文禄二年)の『駒井日記』には「蜜淋酎」とあり、以降「美醂酒」「蜜醂酒」など、さまざまな文字で書き表されてきた1。現在も使われる「味醂」の表記が定着するのは、明治以降のことである1

みりんの起源そのものには諸説ある。古酒である練酒や白酒が腐敗しないよう焼酎を加えて改良されたとする日本発生説と、中国から渡来した甘い酒「密淋(ミイリン)」に由来するとする中国伝来説の、二つが代表的である2。いずれにせよ、古書に「密淋酒」「美淋酒」と記されたそれは、淡い甘さをたたえた高級酒であった2

つまりみりんは、その出発点において、料理のための調味料ではなく、茶席や贈答にふさわしい「甘く貴い酒」だったのである。


二 みりんという発明の科学 — 麹がひらく甘さ

みりんの甘さは、砂糖によるものではない。米そのものが、麹の力で甘さへと変えられた結果である。ここに、この液体の「発明」としての核心がある。

本みりんの原料は、もち米・米麹・焼酎(またはアルコール)である3。蒸したもち米と米麹を合わせ、焼酎を加えて仕込み、四〇〜六〇日かけて糖化・熟成させ、搾る34。この仕込みの間に、米麹のもつ酵素が、もち米のでんぷんやタンパク質を分解し、各種の糖類・アミノ酸・有機酸・香気成分を生み出す——これが本みりん特有の風味を形づくる4

ここで興味深いのは、みりんの醸造ではアルコール発酵が進まないという点である。仕込みに加える焼酎のアルコール濃度が高いため、酵母によるアルコール発酵は起こらない。その代わりに、麹菌のもつ酵素による「糖化」だけが、たんたんと進む5。日本酒が酵母の発酵で生まれるのに対し、みりんは麹の糖化で生まれる——この違いが、酒と調味料を分ける分水嶺である。

生み出される糖の構成も精緻である。糖類の七〇〜八〇%はグルコース(ブドウ糖)で、ほかにイソマルトースやオリゴ糖を含み、全体で九種類以上の糖からなる4。この多様な糖の構成が、砂糖の単調な甘さとは異なる、みりん特有の「上品な甘み」を生む4。香気成分にはフェルラ酸エチルなどがあり、もち米由来のもの、麹の代謝由来のもの、熟成中の非酵素的化学反応由来のものに大別される4

米と麹と時間。この三つだけで、これほど複雑な甘さと香りを生み出す——みりんは、日本の発酵技術が到達した一つの精緻な達成なのである。


三 飲む酒としてのみりん — 江戸の夏と「柳蔭」

製法を確立したみりんは、江戸時代を通じて、まず「飲む酒」として愛された。

なかでも知られるのが「柳蔭(やなぎかげ)」である。これは本みりんに焼酎を加えた飲み物で、江戸では「本直し(ほんなおし)」、上方では「柳蔭」と呼ばれた6。江戸時代の風俗を記した『守貞漫稿(もりさだまんこう)』には、みりんと焼酎をほぼ半々に混ぜたものを冷用酒として飲んだ、と記される6。柳の木蔭で涼をとるように味わうことから、その名がついたとも伝わり、俳句では夏の季語にもなっている7

これは、井戸で冷やして楽しむ夏の暑気払いの酒であり、高級品として扱われた。その様子は、上方落語の名作「青菜」に描かれている——屋敷の主人にふるまわれた植木屋が、その味に感激する場面である6。みりんはまた、正月の屠蘇(とそ)のベースとしても用いられた6

甘く口あたりがよく、アルコール度も酒に匹敵するみりんは、酒の強くない者や女性にも親しまれる「楽しみの酒」であった8。高価な高級酒として上層階級に親しまれたものが、やがて庶民の暮らしにもとけこんでいったことが、当時の川柳からもうかがえる8

碧南が「日本最古のみりん」を名のる蔵を擁するのは、こうした「飲むみりん」の長い伝統の只中にあってのことである。


四 酒から調味料へ — 一つの転換点

では、飲む酒だったみりんは、いかにして台所の調味料になったのか。その転換は、味覚の歴史と、税制の歴史の、両方が絡み合って起きた。

みりんが調味料として使われ始めるのは、江戸時代後期からである。鰻のたれやそばつゆに用いられるようになり、明治には一般家庭にも広がり、大正から昭和の食品加工業の発展とともに消費が拡大していった9。みりんが醤油や味噌と結びつき、出汁と合わさったとき、照り・艶・香りという、和食の楽しみ方そのものが形づくられていった2

そして決定的だったのが、戦後の税制の動きである。みりんは酒税法上、酒類に分類され、酒税が課される(アルコール度数は一三・五〜一四・五%、製造・販売には酒類免許を要する)1011。第二次大戦中は物資不足から製造が禁じられ、戦後に再開されたものの、当初は贅沢品として重い酒税が課された11

転機は一九六二年(昭和三七年)である。この年、本みりんの酒税が一kℓあたり一四万円から六万七七〇〇円へと大幅に引き下げられた12。これを契機に、昭和四〇年以降、本みりんは調味料として成長し、家庭でも広く用いられるようになっていく12。飲用の甘い酒として生まれた本みりんは、こうして和食を支える調理用の酒へと、その製法も成分も変化させていったのである12

味覚が和食の体系を求め、税制がその価格を後押しした。みりんの「酒から調味料へ」の転換は、文化と制度が共に書いた物語であった。


五 「本物」という分岐点

最後に、現代のみりんが抱える一つの分岐に触れておきたい。これは碧南の蔵が守るものの意味を、くっきりと際立たせる。

今日「みりん」と呼ばれるものには、大きく三種がある。米・米麹・焼酎を糖化熟成させた「本みりん」(酒類)。アルコール度数一%未満で、水あめなどの糖類を加えて短期間で造る「みりん風調味料」(非酒類、戦後一九四七年に登場)。そして、塩を加えて飲めないようにした「発酵調味料(みりんタイプ)」である1113。後二者は、本みりんとは原料も製法も成分も異なる11

碧南の蔵が造り続けているのは、言うまでもなく「本みりん」である。米と麹と時間だけで甘さを生む、最も手間のかかる、最も古い製法のみりんだ。ある碧南の蔵は、一九一〇年の創業以来、「米一升、みりん一升」——米一升から本来あるべき量のみりんだけを造るという原則を守り続けているという13。法律上は米一升からみりん五升まで造っても「本みりん」と呼べる中で、あえて濃い本物だけを造り続ける13

飲む酒として生まれ、調味料へと姿を変え、戦後の安価な代替品の波をくぐり抜けてなお、米と麹と時間という最初の原理を手放さなかったもの——それが、碧南の本みりんである。次章では、この碧南がみりんと並んで生んだもう一つの発明、「白」の醸造——白醤油へと筆を進めたい。


文献・出典


※ 本稿は碧南醸造文化誌(ホワイトペーパー)の第二章である。記載した事実は出典に基づく。みりんの起源は諸説あることを明示した。製法・成分の数値は全国本みりん協議会および国税庁資料に拠る。なお森田日出男『みりんの知識』(幸書房)等の専門書、および松本典子「みりんについての歴史的研究」(奈良女子大学)は、今後の改訂でより深い裏づけとして参照・反映する予定である。

Footnotes

  1. 国税庁「本みりんの歴史(本みりんの製造法と類似の調味料)」(『宗湛日記』天正14〜20年の黒田如水書簡中の「密林酒」、『駒井日記』文禄2年の「蜜淋酎」、各種表記、明治の「味醂」定着に関する記述). https://www.nta.go.jp/taxes/sake/koujikin/pdf/0021012-102_05.pdf 2 3 4

  2. 「みりんの歴史」角谷文治郎商店 三州三河みりん(起源の日本発生説・中国伝来説、古書の「密淋酒」「美淋酒」、江戸期の製法確立と和食の基礎形成に関する記述). https://mikawamirin.jp/about/history 2 3

  3. 「本みりんを知る - みりんの種類」九重味淋株式会社(もち米・米麹・焼酎を原料に仕込み、搾って半年〜1年貯蔵熟成、アルコール度数14度前後、酒税法上は酒類に関する記述). https://kokonoe.co.jp/mirin04 2

  4. 「本みりんを知ろう」全国本みりん協議会(40〜60日の糖化・熟成、米こうじの酵素によるでんぷん・タンパク質の分解、糖類の70〜80%がグルコース・9種以上の糖、香気成分フェルラ酸エチル等に関する記述). http://zenkokuhonmirin.com/study.html 2 3 4 5

  5. 「みりん」ajiwai.com(焼酎のアルコール濃度が高いため酵母のアルコール発酵が進まず、麹菌の糖化のみが進行する機構に関する記述). http://www.ajiwai.com/otoko/make/mirin.htm

  6. 「本直し」Wikipedia(『守貞漫稿』に基づくみりんと焼酎を半々に混ぜた冷用酒、上方「柳蔭」・江戸「本直し」、上方落語「青菜」、屠蘇のベースに関する記述). https://ja.wikipedia.org/wiki/本直し 2 3 4

  7. 関友美「調味料だけではもったいない!日本酒ライターが語る『本みりん』の魅力と、江戸の夏酒『柳蔭』の楽しみ方」note(柳蔭の飲み方・名の由来・夏の季語に関する記述). https://note.com/sekitomomi/n/nead2d020b523

  8. 「本みりんの起源と歴史について」本みりん研究所(出典:森田日出男『みりんの知識』幸書房 p.30。江戸期の川柳に見るみりんの飲用、下戸や女性の楽しみの酒であったことに関する記述). https://honmirin.net/archives/368 2

  9. 「本みりんの起源と歴史について」本みりん研究所(江戸後期の鰻のたれ・そばつゆへの使用、明治の家庭への普及、大正〜昭和の消費拡大に関する記述). https://honmirin.net/archives/368

  10. 「みりん」Wikipedia(酒税法上は混成酒に分類され酒税が課されること、製造・販売に酒類免許が必要であることに関する記述). https://ja.wikipedia.org/wiki/みりん

  11. 「みりん」Wikipedia(本みりんのアルコール度数、戦中の製造禁止と戦後の重い酒税、みりん風調味料〔1947年〕・発酵調味料の成分と非酒類区分に関する記述). https://ja.wikipedia.org/wiki/みりん 2 3 4

  12. 国税庁「本みりんの歴史」(1962年の酒税引き下げ〔1kℓあたり14万円→6万7700円〕、昭和40年以降の調味料としての成長、飲用の酒から調理用の酒への変化に関する記述。山下1992に拠る). https://www.nta.go.jp/taxes/sake/koujikin/pdf/0021012-102_05.pdf 2 3

  13. 「【軽減税率】みりんが10%で『みりん風調味料』が8%なのは『脱法みりん』だから」Markの資格Hack(三種の分類、碧南の蔵の「米一升、みりん一升」〔1910年創業〕の原則、米一升からみりん五升まで本みりんと呼べる規定に関する記述). https://shikaku-hack.hatenablog.com/entry/20191001tax_on_mirin 2 3