序章
なぜ碧南だったのか — 土地が醸造を選んだ理由
Hosomichi Chronicle of Hekinan — Prologue
はじめに
愛知県碧南市は、人口およそ七万の、決して大きくはない港町である。だが、この町には、日本のほかのどこにもない特異な事実がひとつある。味噌・醤油・酢・みりんという、日本の発酵調味料のほぼすべてが、この一帯で造られているということだ。とりわけ碧南は「日本最古のみりん」と「白醤油・白だし発祥の地」という、二つの起源を同時に抱える稀有な土地である1。
なぜ、ひとつの小さな町に、これほど多様な醸造文化が集積したのか。それは偶然ではない。地形が、川が、海が、そして米が、この土地に醸造を選ばせた。本章では、碧南という土地そのものを読み解くことから、この物語を始めたい。発酵とは、突き詰めれば「その土地でしか起こらないこと」の集積だからである。
一 三方を水に囲まれた土地
碧南市は、矢作川(やはぎがわ)の河口に位置する。市域は碧海台地(へきかいだいち)と矢作川の沖積地からなる平坦な土地で、北は油ヶ淵、東は矢作川、西と南は衣浦湾(きぬうらわん)に接する——つまり三方を水域に囲まれている2。
この「水に囲まれている」という条件が、醸造の町・碧南のすべての出発点である。
矢作川は、長野・岐阜・愛知の三県にまたがり、三河湾へ注ぐ全長約一一七キロメートルの一級河川である3。その流域には花崗岩が広く分布し、風化した脆い花崗岩層が流れ出すため、矢作川は典型的な「砂河川」となっている3。この川がもたらす沖積地が、碧南をはじめとする西三河の平野を形づくり、豊かな穀倉地帯を育てた。古くから、知多湾を起点とする海運と、矢作川流域の穀物栽培が、この地の産業を支えてきたのである4。
醸造に必要なものを思い浮かべてほしい。良質な水、豊かな米、そして造ったものを運び出す術——その三つが、碧南には地形として最初から備わっていた。
二 米から酒へ、酒からみりんへ
醸造文化が根づくには、まず米と酒が要る。そして三河とその周辺は、古くから酒造りの盛んな土地であった。
江戸時代、隣接する知多半島には二〇〇を超える酒蔵があったと伝えられる5。これほどの酒造地帯が近接していたことが、碧南のみりん文化を生む決定的な要因となった。
その経緯は、ひとつの見事な連鎖をなしている。みりんの醸造元・角谷文治郎商店は、自家の歴史をこう語る——近くの酒蔵から日本酒の副産物である酒粕を分けてもらい、その酒粕を再蒸留してつくる「粕取り焼酎」を、みりんの仕込みに使うところから、この地のみりん醸造は始まった5。
ここに、三河の醸造文化の特異性がある。全国的には、酒蔵がみりんも兼ねて造る例が多い。ところが三河では、近隣の酒蔵から焼酎の原料を得られたために、みりんだけを専門に造る「みりん専業」の蔵が育った5。昭和三〇年代には、二〇軒ほどのみりん蔵がこの地にあったという5。
地理が米を育て、米が酒を生み、酒の副産物がみりんを興す。碧南のみりんは、この土地の農と海と酒の、いわば結晶なのである。
三 みりんという、甘い酒の記憶
今日、みりんは料理の調味料として知られる。だが、その始まりは「飲むための甘い酒」であった。
みりんの起源には諸説ある。古酒である練酒(ねりざけ)や白酒(しろざけ)が腐敗しないよう焼酎を加えて改良されたとする日本発生説と、中国から渡来した甘い酒「密淋(ミイリン)」に由来するとする中国伝来説の、二つが代表的である6。いずれが正しいかは定かではないが、戦国時代の文献にはすでに「みりん」の記述が見え、古書には「密淋酒」「美淋酒」と記され、淡い甘さの高級酒であったことがうかがえる6。
製法が確立したのは江戸時代である6。みりんが調味料として醤油や味噌と結びつき、昆布や鰹節の出汁と合わさったとき、和食の基礎が形づくられた。照り、艶、香り——みりんは日本の食卓の楽しみ方そのものを変えたのである6。本格的なみりんの製造法と歴史については、国税庁の資料にも「本みりんの歴史」として整理されている7。みりんが近世酒造業の一環としていかに位置づけられるかは、学術研究の対象ともなってきた8。
碧南に「日本最古のみりん」を名のる蔵があるのは、こうした長い歴史の積み重ねの上にである。
四 「白」という、もうひとつの発明
碧南がみりんと並んで誇るもう一つの起源が、白醤油・白だしである。碧南市は「白しょうゆ・白だし発祥の地」とされる9。
白醤油は、淡口(うすくち)醤油よりもさらに色の淡い醤油で、素材本来の彩りを活かすことにかけては比類がない10。和食のためのものと思われがちだが、洋食にも中華にも用いられ、碧南を中心とする白醤油メーカーが全国の需要に応えてきた10。この地で創業から二〇〇年を数え、白醤油に特化して木桶仕込みを続ける蔵では、その数およそ八〇本の木桶が今も現役である10。
濃口の醤油が「色と香りで主張する」ものだとすれば、白醤油は「色をつけないことで素材を立てる」という、まったく逆の思想に立つ。この対照こそ、三河の醸造文化の奥行きを物語っている。
五 土地が醸造を選んだ
ここまで見てきたことを、ひとつに束ねよう。
碧南に醸造文化が集積したのは、次の条件が、この土地に地形として、歴史として、重なっていたからである。矢作川がもたらす沖積平野と良質な水23。三方を囲む水域と、知多湾を起点とする海運4。近隣に密集した酒造地帯と、その副産物から興ったみりん専業の蔵5。そして、温暖な気候と風土11。
醸造とは、微生物の働きを借りて時間をかけて素材を変化させる営みである。それは、その土地の水、その土地の米、その土地の気候、その土地の人の手——そのすべてが揃ってはじめて成り立つ。だからこそ醸造は、どこでも同じものが造れる工業とは異なり、「その土地でしか起こらないこと」になる。
碧南が醸造を選んだのではない。土地が、碧南に醸造を選ばせたのである。
この序章で立てた問い——なぜ碧南だったのか——への答えは、これから続く各章で、みりん、白醤油、廻船、そして発酵を見つめてきた哲学へと、一つずつ深められていく。旅は、この土地を知ることから始まる。
文献・出典
※ 本稿は碧南醸造文化誌(ホワイトペーパー)の序章である。記載した事実は出典に基づく。みりんの起源など諸説あるものは、諸説あることを明示した。現時点で一次資料(市史・自治体史等)への直接当たりが済んでいない記述については、今後の改訂で一次資料による裏づけを補強する予定である。
Footnotes
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「醸造のまち・碧南市で、特産品の三河みりんと希少な白しょうゆの老舗蔵を巡ろう」あいち発酵食めぐり「うまみ県あいち」ポータルサイト. https://hakko-aichi.jp/course/detail/4/ ↩
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「碧南市」Wikipedia(市役所標高6.9m、碧海台地と矢作川沖積地、油ヶ淵・矢作川・衣浦湾に囲まれる地理に関する記述). https://ja.wikipedia.org/wiki/碧南市 ↩ ↩2
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「矢作川」Wikipedia(全長117km、流域面積1,830km²、花崗岩由来の砂河川に関する記述). https://ja.wikipedia.org/wiki/矢作川 / あわせて国土交通省 水管理・国土保全局「日本の川 - 中部 - 矢作川」も参照. https://www.mlit.go.jp/river/toukei_chousa/kasen/jiten/nihon_kawa/0507_yahagi/0507_yahagi_00.html ↩ ↩2 ↩3
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「ヤマシン醸造(愛知県碧南市)」職人醤油(「知多湾を起点とした海運や矢作川流域の穀物栽培が盛んな土地」との記述). https://s-shoyu.com/kura/yamashin/ ↩ ↩2
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「米一升、みりん一升。変わらぬ製法で愛され続け、もち米のリキュールとして世界へ『三州三河みりん』」マルコメ(角谷文治郎商店・角谷文子氏の談話。江戸時代の知多半島の酒蔵数、粕取り焼酎からのみりん醸造の起こり、みりん専業蔵、昭和30年代に約20軒の記述). https://www.marukome.co.jp/marukome_omiso/hakkoubishoku/20250508/21396/ ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
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「みりんの歴史」角谷文治郎商店 三州三河みりん(起源の日本発生説・中国伝来説、戦国時代の文献、江戸時代の製法確立、和食の基礎形成に関する記述). https://mikawamirin.jp/about/history ↩ ↩2 ↩3 ↩4
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国税庁「本みりんの歴史(本みりんの製造法と類似の調味料)」(公的資料). https://www.nta.go.jp/taxes/sake/koujikin/pdf/0021012-102_05.pdf ↩
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松本典子「みりんについての歴史的研究‐近世酒造業の一環として‐」奈良女子大学大学院人間文化総合科学研究科(公益財団法人たばこ総合研究センター助成研究報告書). https://www.tasc.or.jp/assist/archives/2022/pdf/2023_05B.pdf ↩
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「昇龍道日本銘酒街道 碧南」(「白しょうゆ・白だし発祥の地」「日本最古のみりん」に関する記述). https://go-centraljapan.jp/route/sake/ja/area/aichi-hekinan/ ↩
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「ヤマシン醸造(愛知県碧南市)」職人醤油(白醤油の特性、洋食・中華への展開、創業200年、木桶約80本に関する記述). https://s-shoyu.com/kura/yamashin/ ↩ ↩2 ↩3
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「昇龍道日本銘酒街道 碧南」(温暖な気候と風土、醸造業をはじめとする産業構造に関する記述). https://go-centraljapan.jp/route/sake/ja/area/aichi-hekinan/ ↩