碧南醸造文化誌

結章

二百年を、いま味わう — 不易と流行のあいだ

Hosomichi Chronicle of Hekinan — Epilogue


過去から、現在へ

序章で、私たちは一つの問いを立てた——なぜ、碧南だったのか。

その問いを抱えて、私たちはこの土地を辿ってきた。矢作川がもたらした沖積平野と良質な水。三方を囲む海と、江戸へ続いた廻船の道。甘い酒から調味料へと姿を変えたみりん。色をつけないことで素材を立てる白醤油。味噌・醤油・酢・みりん・酒のすべてが揃う、稀有な発酵の生態系。そして、禅とともに来た茶が千年をかけて育んだ、「待つ」ことを尊ぶ精神。

これらはすべて、過去の物語である。だが、碧南は過去のなかにとどまる土地ではない。この結章では、これまで辿ってきたすべてを携えて、ふたたび「現在」へと立ち返りたい。二百年の歴史を抱えたこの土地が、いま何を世界へ差し出そうとしているのか——その姿にこそ、この文化誌の結びがある。


一 「不易」 — 変えないという選択

碧南の蔵々を貫くものを一語で言えば、それは「変えない」という意志である。

本みりんを造る蔵は、米と米麹と焼酎だけで、数年をかけて糖化と熟成を待つ。法律上は米一升からみりん五升まで造っても「本みりん」と名のれるなかで、あえて濃い本物だけを造り続ける蔵がある。白醤油の蔵は、空気に触れて色がつくのを避けながら、木桶のなかで静かに醸す。八丁味噌の蔵は、二夏二冬を超える歳月を、重石を積んだ木桶に委ねる。

これらはみな、効率の論理に抗う選択である。木桶は管理に手間がかかり、量産には向かない。低温の長期熟成は時間と費用を要する。手作業の搾りは機械の何倍もの労力を求める。それでも蔵々が変えないのは、そうすることでしか生まれない味があると知っているからだ。

これが「不易」である。時代がどう変わろうと、変えてはならないものがある。製法を、所作を、時間のかけ方を守り抜くこと。碧南の蔵々は、二百年にわたって、この不易を体現してきた。


二 「流行」 — 世界へ開くという選択

だが、碧南は懐古の土地ではない。同じ蔵々が、いま、かつてないほど新しい挑戦の只中にある。

世界はいま、日本の発酵に注目している。和食がユネスコの無形文化遺産に登録されて以降、「Umami(うま味)」は世界共通の語彙となり、海外のシェフが味噌や醤油を使うことは、もはや当たり前になった1。なかでも近年、世界のトップシェフたちが注目しているのが、みりんである。海外のシェフを案内する専門家は、ミシュランに名を連ねるようなシェフが、本物のみりんに出会って「これが本物のみりんか」と喜ぶ様を語る2

数字も、その潮流を裏づける。日本の農林水産物・食品の輸出額は、二〇二一年に初めて一兆円を超え、二〇二四年には一兆五千億円に達した3。醤油もまた、世界一〇〇カ国以上で親しまれる「世界商品」となっている4。濃口・淡口・たまり・そして白醤油——その多様なラインナップは、世界の料理人に料理の幅を広げるものとして高く評価されている5

碧南の発酵も、この大きな潮流のなかにある。たまり醤油が欧米へ輸出され、本みりんが「和のリキュール」として海外の一流シェフやパティシエに見出され、白醤油が和洋中の垣根を越えて使われていく——二百年前、廻船が碧南の発酵を江戸という巨大市場へ運んだように、いま碧南の発酵は、世界という市場へと旅をしている。

これが「流行」である。時代の求めに応じて、新しい食卓へ、新しい料理へ、新しい国へと、変化し開いていくこと。


三 不易と流行は、一つである

ここで、第五章で辿った芭蕉の言葉が、ふたたび深い意味を帯びてくる。

「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」——変わらぬものを知らねば基礎は立たず、変わるものを知らねば新しさは生まれない。そして芭蕉において、この二つは対立せず、根本において一つであった。

碧南の蔵々を見れば、この理がそのまま生きていることがわかる。

蔵が世界に評価されるのは、製法を変えないからである。本物のみりんが海外のシェフを驚かせるのは、米と麹と時間という不易を守り抜いた、その濃さと深さゆえだ。もし効率を求めて製法を変えていたら、世界が驚くような一本は生まれなかった。つまり——不易を守ったからこそ、流行が生まれた。変わらなかったからこそ、新しく世界へ開くことができた。

逆もまた真である。世界という新しい市場(流行)に出会うことで、蔵は自らの守ってきたもの(不易)の価値を、改めて知る。海外のシェフの「これが本物か」という一言が、二百年続けてきたことの意味を照らし返す。流行が、不易の価値を再発見させる。

不易と流行は、別々のものではない。碧南においてこの二つは、一つの営みの両面なのである。変えないことと、開いていくこと。守ることと、旅すること。この二つを同時に生きているところに、碧南という土地の、現在の輝きがある。


四 旅は、ここから

私たちは、序章の問い——なぜ碧南だったのか——に、もう答えを得た。

地理が、海が、酒が、麹が、そして千年の精神文化が、この土地に重なり合った。その必然のうえに、碧南の発酵は生まれ、育ち、いま世界へと開こうとしている。碧南が醸してきたのは、みりんや白醤油という調味料だけではない。それは、時間を信頼し、変わらぬものを守りながら新しさへと開いていく——一つの生き方そのものであった。

この文化誌は、ここで筆を擱く。だが、碧南の物語は、文字のなかで終わるものではない。

蔵の戸を開けたときに満ちている、甘く深い香り。木桶の木肌に触れたときの、ひんやりとした感触。二百年変わらぬ製法で搾られた一滴を、舌にのせたときの驚き。蔵人が「待つ」ことについて静かに語る、その言葉の重み。露地を抜けて茶室へ入り、一服の茶に心を整える、その静けさ。——これらは、読むものではない。その場に身を置いて、はじめて味わえるものである。

二百年を、いま味わう。それは、この土地を訪れ、五感でその時間に触れることでしか叶わない。碧南の不易流行は、ページの外で、あなたが来るのを静かに待っている。

旅は、ここから始まる。


文献・出典


※ 本稿は碧南醸造文化誌(ホワイトペーパー)の結章である。記載した事実は出典に基づく。輸出額等の数値は農林水産省データを引用する二次資料に拠った。本章で述べた「不易と流行」の解釈は、第五章で参照した芭蕉の俳諧理念に基づく筆者の考察である。本文化誌全体を通じ、特定の企業・製品の宣伝を避け、碧南という土地の発酵文化として記述した。各章の記述は今後、一次資料(自治体史・醸造史研究等)により継続的に補強される。


〈碧南醸造文化誌・全体構成〉

  • 序章 なぜ碧南だったのか — 土地が醸造を選んだ理由
  • 第一章 海の道 — 大浜湊と廻船がつないだ江戸
  • 第二章 みりんという発明 — 甘い酒から調味料へ
  • 第三章 白という発明 — 白醤油はなぜ碧南で生まれたか
  • 第四章 醸造が揃う土地 — 発酵の生態系
  • 第五章 時を醸す土地 — 発酵と、日本の精神文化
  • 結章 二百年を、いま味わう — 不易と流行のあいだ

本文化誌は、Hosomichi の上位ホワイトペーパー「日本の精神世界観」の下に位置づけられ、西尾抹茶・岡崎味噌など三河の他地域の文化誌と並ぶ、地域文化誌の第一篇である。

Footnotes

  1. 「日本の食の魅力『発酵食品』を伝えよう」JapanWonderGuide(和食のユネスコ無形文化遺産登録以降、世界で「Umami」を理解する人が急増し、海外シェフが味噌・醤油を料理に使うことが当たり前になっていることに関する記述). https://japanwonderguide.com/about-fermented-food/

  2. 「"日本の発酵食品"が世界中で大注目!」apollostation Drive Discovery PRESS(海外シェフのアテンドを行う専門家・小倉氏談として、近年みりんが世界のシェフから注目され、ミシュランに載るトップシェフが本物のみりんに感嘆することに関する記述). https://www.tfm.co.jp/discovery/index.php?catid=4076&itemid=198134

  3. 「日本の調味料が世界で人気!海外進出の成功事例」provej(農林水産省データに基づき、農林水産物・食品の輸出額が2021年に初めて1兆円を超え、2024年に1兆5,000億円に達したことに関する記述). https://www.provej.jp/column/na/japanese-sauces/

  4. 「世界に広がるキッコーマンしょうゆ」キッコーマン(醤油が世界100カ国以上で親しまれていること、現地の食文化との融合により普及してきたことに関する記述). https://www.kikkoman.co.jp/enjoys/soysaucemuseum/global.html

  5. 「海外進出する醤油:世界の料理での使われ方とその魅力」(濃口・淡口・白醤油・たまり等の多様なラインナップが世界の料理人に料理の幅を広げるものとして評価されていること、日本産醤油が伝統的製法と品質で選ばれていることに関する記述). https://shoyu.mikawa.farm/soy-sauce-global-use/